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福岡高等裁判所 昭和53年(行コ)27号 判決 1983年12月24日

控訴人

福岡県教育委員会

右代表者

田中耕介

右訴訟代理人

植田夏樹

堀家嘉郎

俵正市

秋山昭八

山田敦生

被控訴人

半田隆夫

被控訴人

山口重人

右両名訴訟代理人

井上正治

永野周志

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

(当事者の求める裁判)

控訴人は「原判決中被控訴人らに関する部分を取り消す。被控訴人らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人らは、主文同旨の判決を求めた。<以下、省略>。

理由

第一  本件処分に至る経緯等

一  被控訴人らの経歴

<証拠>によれば、次の事実を認めることができる。

被控訴人半田隆夫(昭和一三年一二月七日生)は、昭和三八年三月九日九州大学文学部史学科を卒業し、昭和四一年九月三〇日同大学大学院修士課程文学研究科国史専攻を修了して文学修士の学位を得たところ、昭和四一年四月から伝習館高校教諭として勤務し、本件処分に至るまで社会科の日本史及び地理を担当していた。

被控訴人山口重人(昭和八年一一月一一日生)は、昭和三七年三月熊本大学法文学部哲学科を卒業し、同年一〇月から昭和三八年三月まで熊本県下益城郡西部中学講師として英語、数学を担当し、同年六月から昭和三九年三月まで福岡県八女郡星野中学校講師として英語を担当し、同年四月から昭和四四年三月まで福岡県立築上中部高等学校教諭として社会科の倫理社会及び政治経済を担当し、同年四月から伝習館高校教諭として勤務し、本件処分に至るまで社会科の倫理社会及び政治経済を担当していた。

二  本件処分に至る経緯

<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。

1〜13<編注・①事件判決と同旨につき省略>

14そして、被控訴人半田に対する処分説明書によれば、処分の理由は、「被処分者は、昭和四四年度の担当科目の授業において、所定の教科書を使用せず、かつ高等学校学習指導要領に定められた当該科目の目標および内容を逸脱した指導を行なつた。また、同年度における授業に際し、在校しながら出席しない生徒に対し何ら注意を与えないまま、しばしば生徒を放任するなど生徒に対する指導監督を怠つた。これらの行為は職務上の義務に違反し、職務を怠つたものである。」というのであり、根拠法規として、地方公務員法(以下「地公法」という。)二九条一項に当るとしている。

被控訴人山口に対する処分説明書によれば、処分の理由は、「被処分者は、昭和四四年度の担当科目の授業において、所定の教科書を使用せず、かつ高等学校学習指導要領に定められた当該科目の目標および内容を逸脱した指導を行なつた。また、同年度における生徒の成績評価に関して、所定の考査を実施せず、一律の評価を行つた。これらの行為は、職務上の義務に違反し、職務を怠つたものである。」というのであり、根拠法規として、地公法二九条一項に当るとしている。

第二  本件処分事由の主張

控訴人は、本訴において右本件各処分について、事実摘示のとおり、被控訴人らには大要次のような処分事由があり、これに対する法令の適用は次のとおりであると主張する。

一  被控訴人半田

(処分事由)

1担当の昭和四四年度三年生の日本史の授業において、所定の教科書を使用せず、その授業が教科書の全部に及ばなかつた。

2(1) 担当の昭和四三年度一年生の三学期の地理考査に「公害と独占」、「資本主義社会と社会主義社会における階級とその闘争」という問題を出題し、これに応ずる授業をした。

(2) 担当の昭和四四年度三年生の一学期の日本史の中間考査に「社会主義社会における階級闘争について述べよ。」、「次の二題(テーマ)のうち一題を選び論述せよ。スターリン思想とその批判。毛沢東思想とその批判。」という問題を出題し、これに応ずる授業をした。

(3) 担当の昭和四四年度一年生の地理考査に「社会主義社会における階級闘争」、「Stalin思想とその批判」、「毛沢東思想」という問題を出題し、これに応ずる授業をした。

(4) 担当の昭和四四年度三年生の日本史の授業において、教科書と関係がないマルクス、毛沢東、米偵察機撃墜問題などに関する授業をした。

3担当の昭和四四年度三年生の日本史の授業において、教科と関係のない雑談をしまた教科から逸脱した授業を行なつたため、授業内容、態度に不満を抱いた生徒多数が教室を出て授業を放棄したにもかかわらず、出欠を点検せず、これらの生徒に注意もしないまま、生徒を放任するなど指導監督を怠つたので、生徒の出席状況は半数位となることもしばしばであり、自習時間も多かつた。

4被控訴人半田の行なつた教育は、次のとおりその職の信用を傷つけるものであつた。

(1) 被控訴人らは、生徒に対し大学へ進むことを断念させるような指導を行い、教師に対する期待と信頼に背いた。

(2) 昭和四五年三月六日開催の福岡県議会において伝習館高校の一部教師が生徒に対して偏向した政治的教育を行なつていることが指摘された。

(3) 伝習館高校の父兄及び卒業生をもつて組織された伝習館を守る会は昭和四七年九月一日付「伝習館を守る」を作成のうえ地域住民に配布した。

(4) 西日本新聞昭和四五年五月一八日付夕刊は「引きさかれた教育」と題して伝習館高校における授業の実態として被控訴人らの授業を変つた授業として報じた。

(5) 朝日新聞昭和四五年六月二一日付朝刊は、被控訴人らの前年度一年間の授業を再現した記事を掲載した。

(6) 昭和四七年七月二四日付赤旗は、被控訴人らの教育を「虚無と挑発の教育」と題して報じた。

5右2(1)ないし(4)の行為は、教育の政治的中立に違反する。

(法令の適用)

1 右1のうち教科書使用義務違反について

学校教育法(以下「学校法」という。)二一、五一条地公法三二条

右1のうち本件学習指導要領違反について

高等学校学習指導要領(昭和三五年文部省告示九四号、以下「本件学習指導要領」という。)二章二節二款日本史

同一章二節三款単位修得の認定

地公法三二条

2 右2(1)ないし(3)の考査出題及び授業について

学教法四一、四二条

本件学習指導要領一章二節三款単位修得の認定

同節六款指導計画作成及び指導の一般方針1(3)

同二章二節二款第七地理B一目標(1)、(2)、(4)

同二内容(12)

同款第三日本史一目標(5)

同二内容(10)

地公法三二条

右2(4)の日本史の授業内容について

学校法四一、四二条

本件学習指導要領二章二節社会一款目標

同節二款第三日本史一目標

地公法三二条

3 右3の指導監督怠慢について

地公法三〇条

同法三二条

同法三五条

4 右4の信用失墜行為について

地公法三三条

5 右5の教育の政治的中立違反について

教育基本法(以下「教基法」という。)八条教育公務員特例法二一条の三

6 右1ないし5について

地公法二九条一項一ないし三号

二  被控訴人山口

(処分事由)

1担当の昭和四四年度三年生の政治経済の授業において、所定の教科書を使用しなかつた。

2担当の昭和四四年度三年生の政治経済の授業は、所定の教科書を使用せず、資料集を用いて各国の政治形態と経済問題を授業しただけで、その余は時事問題について新聞の切抜等を用いて授業した。

3担当の昭和四四年度二年生の倫理社会の授業において、所定の教科書を使用しなかつた。

4担当の昭和四四年度三年生の倫理社会の授業において、一、二学期は、担当の二、五、七組ごとに生徒と討論してテーマを決めて生徒の研究発表と討論を軸にして授業を進め、三学期は原典を読むことにし、新約聖書を講読するという授業をした。

5(1) 担当の昭和四四年度三年生の政治経済の授業において、教科と関係がないヴェトナム、朝鮮、米偵察機撃墜事件などの問題を解説し、生徒の意見発表を求めるなどの授業をした。

(2) 同授業において、「ロシヤ革命」、「中国の赤い星」、「レーニン」などの特定の書物を読むよう指導した。

6担当の昭和四四年度二年生二、五、七組の倫理社会、同年度三年生二、三、五、八、一〇組の政治経済について、成績評価にあたり、校内規定に違反して、(1)一学期に、考査を実施せず、レポート提出による成績評価を行ない、(2)それによりレポートを提出した者は内容のいかんにかかわらず一律六〇点、提出しなかつた者は一律五〇点と評定し、(3)同年七月ごろ校長から右評価の仕方を是正するように指示されたにもかかわらず、三学期に、再び考査を実施しなかつた。

7被控訴人山口の行なつた教育は、被控訴人半田についての一4(1)ないし(6)のとおりその職の信用を傷つけるものであつた。

8右5(1)、(2)の所為は、教育の政治的中立に違反する。

(法令の適用)

1 右1、3の教科書使用義務違反について

学教法二一、五一条

地公法三二条

2 右2、4の本件学習指導要領違反について

本件学習指導要領

地公法三二条

3 右5(1)の時事問題授業について

学教法四二条

本件学習指導要領二章二節二款第二政治経済一目標(1)、(2)、(3)、(5)、(6)

同三指導計画作成及び指導上の留意事項(3)

地公法三二条

右5(2)の読書指導について

教基法八条

本件学習指導要領二章二節二款第二政治経済一目標(2)、(6)同三指導計画作成および指導上の留意事項(2)、(3)、(5)

地公法三二条

46の考査不実施及び一律評価について

学校法施行規則二七・六五条

福岡県立高等学校学則八条

校内規定である生徒心得

地公法三二条

5 右7の信用失墜行為について

地公法三三条

6 右8の教育の政治的中立違反について

教基法八条

教育公務員特例法二一条の三

7 右1ないし8について

地公法二九条一項一ないし三号

そこで、まず、右適用法令のうち、特に当事者間に争いのある本件学習指導要領の効力、教育の政治的中立及び教科書使用義務について判断し、ついで、本件処分事由について認定判断することとする。

第三  わが国の教育法制と本件学習指導要領の効力及び教育の政治的中立

一〜七<編注、①事件判決と同旨につき省略>

第四  教科書使用義務

<編注、①事件判決と同旨につき省略>

第五  被控訴人半田に対する処分事由についての認定判断

一  教科書使用義務違反及び本件学習指導要領違反(第二、一、1)について

被控訴人半田が、昭和四四年度に日本史(三年生、三、六、七、九組)の授業を担当し、使用が決定された教科書(株式会社山川出版社発行「詳説日本史」、乙第四二号証)があつたことは、当事者間に争いがない。

そこで、被控訴人半田の教科書使用状況を中心とする右日本史の授業状況についてみることとする。

<証拠>によれば、次の事実を認めることができ、右証拠中これに反する部分は採用できない。

1被控訴人半田は、昭和四四年度に右日本史を各組週四時間(本件学習指導要領の標準では三時間)担当していたものである(本件学習指導要領では年間三五週としているが、実際は通常年間約三〇週授業できる。)が、右日本史を授業するについて右教科書及びその教授資料と題する教師用指導参考書を通読し、その他の参考書等も利用して講義用ノートを作成して授業の準備をし、その授業においては教科書、日本史資料集(甲第二七号証)、被控訴人半田作成のプリント(甲第三三号証の一ないし四一)を生徒の使う教材とすることとした。

右資料集は、熊本県を除く九州各県の高等学校の日本史担当の教諭による研究会の編集になるもので、日本史の史料そのものを掲載し、これを解説し、更にその史料による歴史について解説するというもので、教科書のように通史的記述とはなつていない。そして、この資料集は、地方教育行政の組織及び運営に関する法律(以下「地教行法」という。)三三条二項、福岡県立学校管理規則九条による県教委への届出はなされていなかつたが、当時学教法二一条二項、五一条によるものとして黙認されていたものである。次に、右プリントは、被控訴人半田が教科書、教師用指導参考書その他の参考書を利用して作成したもので、日本奴隷経済史、奈良仏教、平安仏教、荘園制、日本古代における封建化の前提、日本古代の政治形態、封建制、鎌倉幕府の経済的基盤、執権政治、元寇と幕府の動揺、鎌倉仏教、封建時代の政治土地制度、社会組織、領主制の展開、近世政治史、近世経済史、江戸時代の日本外交史、近現代史、自由民権運動、明治時代の日本外交史等と題するものであり、そのうち日本奴隷経済史は、古代日本の奴隷制のみならず人種問題、アメリカの奴隷制度史、奴隷問題も取上げているが、通史的な教科書から右問題別に取上げたものとなつているものが多い。

2被控訴人半田は、右日本史の授業の最初に四月中旬頃までに五、六時間かけて特に教科書を用いることなく、歴史観及び時代区分について授業したが、その内容は、右時代区分については各種の時代区分論について話し、その中で、歴史学界の主要な論議の対象となつているマルクス・エンゲルスによつて提唱された唯物史観による時代区分論についても話し、更に唯物史観による時代区分論争の盛んなソ連・中国の成立以来の思想、政治、経済から中ソ論争に及び、唯物史観上階級闘争のないとされている社会主義社会になお存する階級闘争の話に及んだ。なお、被控訴人半田によれば、右授業は、昭和四四年二月一五日福岡県高等学校社会科研究部会における九州大学名誉教授具島兼三郎氏の講演「社会主義社会における階級闘争」を聞いたことに示唆されたことによつてもなされたものであるという。更に、時代区分論については右教科書の指導参考書(甲第五八号証)及び文部省発行で教材等調査研究会中学校高等学校社会小委員会編集の「高等学校学習指導要領解説社会編」(乙第六二号証)にもふれられている。

次いで、四月下旬頃から六月中旬頃まで教科書、資料集を用いて原始、古代について授業したが、その間の五月三〇日に中間考査があり、六月中旬頃から七月上旬頃まで七、八時間かけて前記日本奴隷経済史と題するプリントを用いて授業し、その後は二学期に後記グループ研究発表をしたほかは、右教科書、資料集、プリントを用いてその後の通史及びプリント内容等について授業したが、教科書より資料集、プリントを使うことの方が多かつた。そして、三年生であるため一月末までしか授業することができなかつたが、通史的にはおおよそ江戸時代末期頃までの授業を終えた。

右グループ研究とは、一学期末被控訴人半田の指導で八名位のグループをつくり、日本史に関するテーマを一グループ四ないし八選ばせ、参考文献を紹介して、夏休み中に調査させ、二学期の週四時間のうち二時間を生徒によるその研究発表に当てたものであつた。

以上の事実を認めることができる。

そこで、まず、控訴人の教科書使用義務違反の主張について判断するに、右認定事実によれば、被控訴人半田は、右教科書を使用し、これに右資料集を補充的に使用して、通史的授業をし、江戸時代末期に及んでおり、この授業は、教科書に対応して授業したものであつたということができる。しかしながら、被控訴人半田は、右教科書を使用しての授業の外に、最初の五、六時間時代区分論に関係して教科書にない唯物史観についての授業をし、その外にも教科書に対応して授業したとはいえないプリントによる授業をし、更に前記グループ研究をし、これらに相当の授業時間を費したため、前記認定のとおり日本史の授業を学習指導要領の標準三時間のところを四時間やつていることを考慮しても、前記教科書を使用しての通史的授業が、相当簡略になつたものと認められ、通史的にも江戸時代末期で終つているので、被控訴人半田は、日本史の教科書使用義務を十分に尽したものということはできず、この意味において教科書使用義務違反の責を免れない。

次に、控訴人は、被控訴人半田の右認定の授業状況のうち通史的授業が江戸時代末期で終つたことが、本件学習指導要領に違反すると主張する。本件学習指導要領は原則として、各科目の内容の全部について授業することを求めているということができるが、前記認定のとおり被控訴人半田は、教科書を使用して一応通史的に江戸時代末期まで授業をし、前記プリントによる授業においてその後の日本史にも触れているので、本件学習指導要領に違反することが明白であるとはいい難い。

そして、被控訴人半田の右通史的授業は十分なものであつたとはいいかねるが、このことは、場合によつて、教師の教授技術能力の問題となり、指導助言の対象ともなり、教授技術拙劣等の事由により地公法二八条の分限処分事由となることがある。

更に、控訴人は、被控訴人半田の通史的授業の不完全が、本件学習指導要領一章二節第三款単位修得の認定の項目に違反すると主張するが、前記認定の如き日本史の授業による単位修得の認定が右項目に違反することが明白であるということはできない。

二  考査出題及び授業(第二、一、2(1)ないし(3))について

1被控訴人半田が控訴人主張のとおり地理及び日本史の考査の問題の出題をし、これに応ずる授業をしたことは、当事者間に争いがない。

2そこで、まず、右日本史の出題及び右問題に応ずる授業状況についてみるに、<証拠>によれば、次の事実を認めることができる。

被控訴人半田は、前記のとおり昭和四四年度三年生(三、六、七、九組)の日本史を担当していたものであるが、その一学期の五月三〇日実施の中間考査に、右当事者間に争いのない問題を含めて次のとおりの試験問題を出した。

〔Ⅰ〕 日本の原始、古代社会における土地、身分制度について論述せよ。

〔Ⅱ〕 律令体制下における唐と日本との相関関係について述べよ。

〔Ⅲ〕 讖緯説との関連において建国記念日を論ぜよ。

〔Ⅳ〕 社会主義社会における階級闘争について述べよ。

〔Ⅴ〕次の二題(テーマ)のうち一題を任意に選び論述せよ。

A Stalin思想とその批判。

B 毛沢東思想とその批判。

右問題は、前記第五、一、2で認定した右考査日までの授業の試験問題として出されたものであり、控訴人の取上げるⅣ、Ⅴの問題は、右認定の被控訴人半田が時代区分論の唯物史観に関連してなしたソ連、中国の思想、政治、経済等の授業に応ずるものとして出されたものである。

以上の事実を認めることができる。

(1) まず、控訴人は、被控訴人半田の日本史の右Ⅳ、Ⅴの出題及びこれに応ずる授業が、本件学習指導要領一章二節六款及び二章二節二款第三日本史の目標内容の項目に違反すると主張する。日本史における右出題及び授業のような科目の範囲の点について、本件学習指導要領には、一章二節六款指導計画の作成および指導の一般方針1(3)に全教科、科目に通ずるものとして、「学校においては、第二章に示していない事項を加えて指導することをさまたげるものではないが、いたずらに指導する事項を多くしたり、程度の高い事項を取り扱つたりして、教科・科目の目標や内容の趣旨を逸脱し、または生徒の負担過重にならないように慎重に配慮すること。」との項目があるが、極めて抽象的で教師の裁量の余地を相当認めるものと解されるものの、右出題及び授業は、右一般方針の項目に照らしても、日本史のそれとしては、本件学習指導要領二章二節二款第三日本史の目標及び内容からみて、明らかにその趣旨を逸脱しているものということができる。しかしながら、そもそも日本史を含む教科である社会の各科目は密接な関連をもつて学習さるべきものであり、このことは本件学習指導要領二章二節一款の社会全般の目標にもその趣旨が窺われ、社会の各科目の目標及び内容を精査しても同様であり、社会の各科目の指導計画の作成および指導上の留意事項(各(1))にもこのことを明記している。したがつて、その科目の目標、内容として若干逸脱していても、社会の他の科目の目標、内容と認められるものについては、その逸脱は著しいものということはできない。そして、日本史の右出題及び授業は、日本史としてはともかく倫理社会、政治経済としてはその目標及び内容の範囲内にあり、前記一認定のようにその授業時間が五、六時間であり、本件学習指導要領上週三時間のものを四時間とした授業であること等を考慮すべきである。

(2) 次に控訴人は、日本史の右出題及び授業が、特定の立場すなわち闘争的な反権力、反国家の思想に立脚しており、高校生の心身の発達を無視しており、学教法四一、四二条に違反すると主張する。しかし、右主張にいう特定の立場なるものの可否の点はしばらくおくも、右認定の出題及び授業が、右主張の特定の立場に立つともいえず、結局右主張の点において右法条に違反するとはいえない。

(3) 更に、控訴人は、日本史の右出題及び授業による単位修得の認定が、本件学習指導要領一章二節三款単位修得の認定の項目に違反すると主張するが、右出題が全出題の一部であること、右考査が一学期の中間考査であること、その他の問題等に照らすと右項目に明白に違反するものとはいえない。

3次に、右地理の出題及び右問題に応ずる授業状況についてみるに、<証拠>によれば、次の事実を認めることができる。

被控訴人半田は、昭和四三年度は一年生(七、八、一〇組)の地理Bの授業の全部を七、八組は週四時間、一〇組は週三時間を担当し、昭和四四年度は一年生(一組)の地理Bの授業の週四時間のうち週二時間で人文地理に当る部分を担当し、他の週二時間の自然地理に当る部分は他の教諭が担当したものであるが、いずれも教科書として二宮書店発行「高校地理B」(甲第二五号証)を使用し、昭和四四年度はその第三章第二節以下の部分についてのみ授業した。そして、昭和四三年度の昭和四四年三月六日実施の三学期の期末考査及び昭和四四年度の一学期の中間考査に、それぞれ右当事者間に争いのない問題を含めて次のとおり試験問題を出したが、選択的出題で、控訴人の取上げる問題を解答しなくても済むようになつている。

昭和四三年度三学期一年生地理B考査(昭和四四年三月六日実施の三学期の期末考査)

次の六問のうち任意に四問解答せよ。

〔Ⅰ〕 日本の村落形成と現代の村落がもつ問題点

―家族および地方権力からの解放―

〔Ⅱ〕 都市の機能と都市圏

〔Ⅲ〕 公害と独占

〔Ⅳ〕 有明地域総合開発計画と問題点

〔Ⅴ〕 日本林業の当面する課題

〔Ⅵ〕 資本主義社会と社会主義社会における階級とその闘争について

昭和四四年度一年生地理B考査(一学期の中間考査)

※ 八問のうち任意に五問を選び述べよ。

〔Ⅰ〕 世界の人種差別と民族問題について

(A) White Australian Policy(白豪主義)

(B) Apartheid(人種隔離政策)

(C) アメリカの黒人問題

(D) 日本における社会的差別意識

〔Ⅱ〕 自由主義国家群と社会主義国家群について

(A) 社会主義社会における階級闘争

(B) Stalin思想とその批判

(C) 毛沢東思想

(D) 二つの世界の対立と中立主義国家群との関連。

以上の事実を認めることができる。

(1) そこで、まず、右地理の問題のうち控訴人の取上げる「公害と独占」についての授業についてみるに、前出甲第二五、四六号証、原審及び当審(第一回)における被控訴人半田本人尋問の結果によれば、被控訴人半田は、当時社会問題となり訴訟にもなつていた新潟、水俣の水俣病、富山のイタイイタイ病、四日市ぜんそく病、大阪空港騒音公害について話し、これらが独占的大企業によつて惹起されたものであること等を話したものであり、右問題は、右授業に応ずるものとして出されたものであることを認めることができる。

控訴人は、被控訴人半田の右昭和四三年度の考査「公害と独占」の出題及びこれに応ずる授業が、本件学習指導要領に違反すると主張する。公害問題については、本件学習指導要領の社会の各科目の内容にはないが、昭和四五年文部省告示第二八一号により全面改正され、昭和四八年四月一日から施行された高等学校学習指導要領の政治経済の内容中には「国民生活の向上と福祉の実現」において「公害と国民生活」として「公害の特質について認識させるとともに、公害の防除には、人間尊重、自然的条件への配慮および国民福祉の立場に立つた企業や行政の努力、科学技術の成果の利用ならびに国民の協力などがたいせつなことを理解させる。」とあり、更に、昭和五三年文部省告示第一六三号により全面改正され、昭和五七年四月一日から施行された高等学校学習指導要領の現代社会の内容中にも「経済の調和ある発展と福祉の実現」において「人間の尊重と公害の防止」とあつて、右各科目の内容となつているものであるが、本件学習指導要領上も地理Bの目標及び内容からみて授業で取上げても差支えないものであり、本件学習指導要領によつた前記地理の教科書(甲第二五号証)もその一九九頁以下において公害について記述している。そして、前記の被控訴人半田が授業において話した公害に企業の地域独占が一因をなしていることは公知の事実であり、前記認定以上の被控訴人半田の公害についての授業状況の主張、立証もないので、「公害と独占」という出題及び授業が控訴人主張の学教法四一、四二条、本件学習指導要領の単位修得の認定及び地理Bの目標等に違反するとはいえない。

(2) 次に、控訴人の取上げるその余の地理の問題である昭和四三年度の「資本主義社会と社会主義社会における階級とその闘争について」及び昭和四四年度の「社会主義社会における階級闘争」、「Stalin思想とその批判」、「毛沢東思想」についての授業についてみるに、<証拠>によれば、被控訴人半田は、ソ連については、前記教科書及びその教師用指導参考書(甲第四七号証)が、その民族と国家の関係の説明にスターリン憲法について触れ、その工業地域の発展の説明に革命以後の数項に亘る年次計画と歴史について触れているので、これらがスターリン憲法やその後の政治状況とどう関連しているかを話したものであり、中国については、右教科書及び指導参考書が、その工業地域の発展の説明に共産党による中華人民共和国の成立以後の数次の五ケ年計画と歴史を関連させて触れているので、毛沢東思想、その後の文化大革命との関連やその経済政策のソ連との対比に及んで話したものであり、右問題は右授業に応ずるものとして出されたものであるが、右授業は、前記昭和四四年二月一五日福岡県高等学校社会科研究部会における具島教授の講演に示唆されたことによつてもなされたものであることを認めることができる。

(イ) まず、控訴人は、被控訴人半田の地理の右出題及び授業が、本件学習指導要領一章二節六款並びに二章二節二款第七地理Bの目標及び内容の項目に違反すると主張する。そこで、本件教科書(甲第二五号証、ことに一五八頁以下、二六九頁以下)及びその教師用指導参考書(甲第四七号証、ことに三一〇頁以下、四六六頁以下)によつて考えるに、考査における出題は一般に当該科目の目標及び内容に照らして重要な基礎的事項について出題し、生徒の理解度を評価するものであることに鑑みると、右出題は、その授業はともかく、前記2(1)の説示に照らし、地理Bの出題としては本件学習指導要領二章二節二款第七地理Bの目標及び内容からみて、明らかにその趣旨を逸脱しているものということができるが、その程度は前記2(1)の説示と同様に地理Bとしてはともかく倫理社会、政治経済の範囲内にあることを考慮すべきである。そして、右授業は、右目標及び内容に明白に違反するとはいえない。

(ロ) 次に、地理Bの右出題及び授業が学教法四一、四二条に違反するものでないことは、前記二2(2)の日本史の場合と同様である。

(ハ) 更に、地理Bの右出題及び授業は、右(イ)の理由に加えるに、前記認定のとおり選択的出題であり、昭和四四年度は一学期の中間考査であること、その他の問題等に照らすと、本件学習指導要領一章二節三款単位修得の認定の項目に明白に違反するとはいえない。

三  日本史の授業内容(第二、一、2、(4))について

1被控訴人半田が昭和四四年度三年生の日本史の授業において、マルクス、毛沢東に関する授業をしたことは、当事者間に争いがない。

右授業は、被控訴人半田が、前記一で認定したように、日本史の授業の最初に唯物史観による時代区分論からソ連、中国の政治、経済に及んだ際マルクス、毛沢東について触れたものである。

この点についての控訴人の主張に対する判断は、前記二、2の被控訴人半田の日本史の出題及び授業についての判断と同様である。

2次に、控訴人は、被控訴人半田が右日本史の授業で米偵察機撃墜問題について授業したとし、この点の法令違反を主張するところ、この点について前出乙第一〇一号証の三年三組の学級日誌に昭和四四年四月一七日の被控訴人半田の授業内容として米偵察機という記載があるが、<証拠>によれば、被控訴人山口が、右三年三組の政治経済の授業を担当し、右の前日一六日にはその直前に新聞等に報道された右問題について取上げて話していたところから、被控訴人半田は右一七日には右問題について話し始めたものの、生徒からすでに前日聞いているといわれてわずかの時間触れたに過ぎないので、右の点を取上げて処分事由とするのは相当でない。

四  指導監督怠慢(第二、一、3)について

まず、控訴人は、被控訴人半田が、担当の昭和四四年度の三年生の日本史の授業において、教科と関係のない雑談をしまた教科から逸脱した授業を行つたため、これに不満を抱いた生徒多数が教室を出て授業を放棄したと主張するところ、本件証拠の中には被控訴人半田が授業においていわゆる雑談をしたと認められるものがあるが、そのため生徒多数が教室を出て授業を放棄したと認めるに足る証拠は見当らない。なお、三年三組の学級日誌である乙第一〇一号証には被控訴人半田の授業が楽しいとか興味があるとかの記載を散見することができる。

また、<証拠>によれば、三年三組において昭和四四年一一月二七日と一二月一八日の被控訴人半田の授業に欠課生徒が多かつたことを認めることができるが、<証拠>によれば、右両日の被控訴人半田の授業は、その日の最後の六時間目で、その前の時間がいわゆるホームルームで担任の田中榮教諭がこれを実施しなかつたためであることを認めることができ、右生徒の多数欠課が被控訴人半田の責任であるとは直ちに認められない。

次に、控訴人は、被控訴人半田の昭和四四年度の三年生の日本史の授業において自習が多かつたと主張する。そして、被控訴人半田の右自習の点については担当した四つの組のうち三年三組の学級日誌である乙第一〇一号証があり、これに一、二学期に一三回の自習時間があつたとの記載があるが、<証拠>によれば、右一三回のうち七回はいわゆる年休のためであり、他は授業以外の校務のためであつたことを認めることができる。更に、原審証人堀明彦(三年三組)の証言は自習が多かつたとする反面、原審証人吉武政子(三年三組)の証言は自習があつたが他の教師とくらべて自習が多かつたということはないとしている。そして、右三年三組の学級日誌である乙第一〇一号証及び被控訴人半田が担当した組ではないが同年度の三年八組の学級日誌である乙第一〇二号証によれば、他の教諭についても被控訴人半田と同様又はそれ以上の自習時間があつたとしている。そのため、前記第一本件処分に至る経緯等で認定したとおり、内田校長は昭和四四年一一月中旬頃職員会議で一般的に自習時間の多いことを注意している。以上によつてみると、年休のための自習とはいえ年休はできるだけ授業のない日を選ぶべきであり、同様の他の教諭共々被控訴人半田もある程度自習時間が多かつたとされてもやむをえないであろう。しかしながら、右自習が主として年休のためであることを考えると、このことを直ちに懲戒処分事由とするのは相当でなく、指導助言をし、その効果の認められないとき、場合により適格性欠如等の事由により地公法二八条の分限処分事由とすべきものである。

五  信用失墜行為(第二、一、4)について

控訴人は、処分事由の一つとして、被控訴人半田の行つた教育は、第二、一、4のとおりその職の信用を傷つけるものであつたと主張する。ところで、この処分事由は、原審の当初提出された控訴人の答弁書には処分事由として記載されておらず、控訴人の原審最終準備書面にも処分事由の項にはその記載がなく総論の項において記載されているので、本件処分の妥当性判定の一事情とも解されないでもないためか、原判決はこれについて事実摘示及び判断をしていない。しかし、控訴人は当審においてこれを処分事由とすることを主張するので、以下これについて判断することとする。

1まず、控訴人は、被控訴人らは、生徒に対し大学へ進むことを断念させるような指導を行い、教師に対する期待と信頼に背いたとする。

<証拠>によれば、伝習館高校は、旧立花藩の藩校の名を継承し、旧制中学以来福岡県下でも古い歴史をもつ学校の一つであり、新制高校として発足後も名門校あるいは大学受験における受験校としてのある程度の実績を有していたが、大学進学率の増加と受験競争の激化の中で受験校として次第にふるわなくなつた。そこで、本件処分頃までに約八〇パーセントの大学進学率もあり、同窓会幹部等の要求や周辺高校の受験体制強化に刺激され、伝習館高校でも、受験教育体制が強化され、被控訴人らの勤務当時、受験教育体制として、(A)準正課という主要科目中心の授業時間前の補習授業、(B)英語と数学の時間の能力別クラス編成、(C)普通科における文系進学、理系進学、就職コース別クラス編成、(D)夏休み、冬休み中の補習、(E)受験用模擬テストの実施があり、このような受験教育体制は、同時に各教科・科目における各教師の授業の内容、方法も受験向のものとなる傾向をもたらしたことを認めることができる。

このような受験教育体制については、昨今の大学進学状況からやむをえないあるいは当然だとする意見やこのような体制のもたらす生徒間の不平等な取扱い、これによる生徒の差別意識、受験に必要のない教科・科目の切捨て等の弊害を説きこれに批判的な意見のあることは公知の事実であり、高等学校制度ひいては学校制度全般の問題でもあり、極端にならない限りそのいずれにも一理あるものと思われるところ、<証拠>によれば、茅嶋洋一教諭は、社会科教諭として右のような受験教育体制に批判的であつたことを認めることができるが、その批判の内容、真意等は右記載、陳述の表現が難解で理解し難い。

そして、<証拠>によれば、被控訴人山口が、大学受験に必要でない科目を軽視することには反対であつたといつた程度に受験教育体制に批判的であり、右茅嶋教諭の受験教育体制批判にある程度共感を示していたことは認められるが、その共鳴点や程度は、同教諭とは本件処分までわずか一年余共に勤務したのみでもあり、これを認めるに足る証拠がない。被控訴人半田については、その受験教育体制についての見解を知るに足る証拠はない。

以上によつてみれば、被控訴人らの本件処分事由において認定されたその授業状況によつても、被控訴人らが生徒に対し大学へ進むことを断念させるような指導を行つたとは直ちに認め難い。

2次に、控訴人は、昭和四五年三月六日開催の福岡県議会において伝習館高校の一部教師が生徒に対して偏向した政治的教育を行つていることが指摘されたとする。<証拠>によれば、右事実を認めることができるが、後記のとおり前記第二、一、5の処分事由が認められない以上、右事実を処分事由とするのは相当でない。

3更に、控訴人は、西日本新聞昭和四五年五月一八日付夕刊(乙第二七号証)が「引きさかれた教育」と題して伝習館高校における授業の実態について被控訴人らの授業を変わつた授業として報じているとする。<証拠>によれば、右事実を認めることができ、前記第一の本件処分に至る経緯等で認定した事実に照らすと、右記事の授業の実態なるものは主として控訴人関係者から取材したものと認められるが、本件の他の処分事由の当否を問えば足り、右報道を処分事由とするのは相当でない。

4なお、控訴人は昭和四七年九月一日付「伝習館を守る」なる文書(甲第二八号証)の配布、朝日新聞昭和四五年六月二一日付朝刊(乙第二八号証)、昭和四七年七月二四日付赤旗(乙第六七号証)の各報道を処分事由として挙げるが、右配布、報道は本件処分後のことであつて、処分事由とするのは相当でない。

六  教育の政治的中立違反(第二、一、5)について

控訴人は、原審及び当審の当初においては、被控訴人らの教育が本件学習指導要領等に違反し、かつ偏向教育であると主張していたのであるが、偏向教育とは極めてあいまいな表現であり、教育の政治的中立違反の趣旨と解されるのに、その旨の主張をせず、教育の政治的中立違反を規制すべき法令も摘示していなかつたので、当審において控訴人に釈明を求めたところ、前記第二、一、5のとおり処分事由の主張をするに至つた。

そこで、判断するに、控訴人は、前記第二、一、2、(1)ないし(4)の被控訴人半田の行為が、教育の政治的中立に違反すると主張するが、前記第三、七に説示したとおり教育の政治的中立違反とは、政治的目的で政治的行為をすることをいうものであるところ、前記第二、一、2、(1)ないし(4)の主張事実又はこれについて第五、二、三において認定した被控訴人半田に関する事実は、その職務である授業という生徒に対する影響力のあるものではあるが、被控訴人半田に如何なる政治的目的があつたかについて、控訴人においてその主張がなく、その立証もなく、被控訴人半田が、日本史及び地理において類似の出題及び授業をした事実をもつて政治的目的があつたとも認められないので、被控訴人半田の教育の政治的中立違反の処分事由は理由がない。

七  処分事由に対する法令の適用

1地公法は、二七条三項において「職員は、この法律で定める事由による場合でなければ、懲戒処分を受けることがない。」とし、職員の身分保障をはかるため懲戒処分事由を限定しているが、その処分事由としては二九条一項において「職員が左の各号の一に該当する場合においては、これに対し懲戒処分として戒告、減給、停職又は免職の処分をすることができる。」とし、地公法等の法律又はこれに基く条例、規則もしくは規程に違反した場合(一号)、職務上の義務に違反し、又は職務を怠つた場合(二号)、全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあつた場合(三号)を列挙しているところ、また同法は職員の服務義務として、三二条が法令等及び上司の職務上の命令に従う義務を、三三条が信用を失墜する行為の避止義務を、三五条が職務に専念する義務をそれぞれ規定している。

2そして、前記認定判断によると、控訴人主張の被控訴人半田の本件各処分事由は、そのうち次のものが、次のとおり懲戒処分事由に該当することとなる。

第二、一、1のうち日本史の教科書使用義務違反が学教法二一、五一条に違反し、第二、一、2、(2)の日本史の出題及びこれに応ずる授業、第二、一、2、(4)のうち米偵察機撃墜問題以外の授業並びに第二、一、2、(1)、(3)のうち地理の出題の一部が、本件学習指導要領一章二節六款並びに同二章二節二款第三日本史目標及び内容、同第七地理B目標及び内容に違反し、以上いずれも地公法三二条に違反し、被控訴人半田には地公法二九条一項一、二号の懲戒処分事由があることになる。

第六  被控訴人山口に対する処分事由についての認定判断

一  政治経済の教科書使用義務違反及び本件学習指導要領違反(第二、二、1、2)について

被控訴人山口が、昭和四四年度に政治経済(三年生二、三、五、八、一〇組)の授業を担当し、使用が決定された教科書(一橋出版株式会社発行「政治経済」乙第四一号証)があり、被控訴人山口が右授業において新聞の切抜を使用して授業したことは、当事者間に争いがない。

そこで、被控訴人山口の右政治経済の授業状況についてみることとする。

<証拠>によれば、次の事実を認めることができ、右証拠中これに反する部分は採用できない。

被控訴人山口は、昭和四四年度は福岡県築上中部高等学校から伝習館高校に移つて最初の年度であつたところ、昭和四四年度の政治経済の授業を二、三、一〇組は各組週二時間、五、八組は各組週三時間担当し、その授業の最初に高校社会科授業の変遷、教科書問題について話し、更に、右教科書の目次によつて内容の構成を説明したが、右教科書は国の検定制度もあつて内容が被控訴人山口の考えとちがうとして、右教科書は最初の数頁位を使用したのみで、その後は政治経済資料集(甲第二六号証)を使用して主として政治、経済問題について授業し、時に国際関係等の時事問題について新聞の切抜を使用して授業をした。右資料集は、九州各県の高等学校の政治経済担当の教諭による研究会の編集になるもので、資料集というより資料を教科書より豊富にした政治経済全般の教科書の如きものとなつており、その内容も右教科書と項目的にはほぼ符合している。そして、この資料集は、地教行法三三条二項、福岡県立学校管理規則九条による県教委への届出はなされていなかつたが、当時学教法二一条、五一条によるものとして黙認されていたものである。

以上の事実を認めることができる。

そこで、まず控訴人の被控訴人山口の政治経済の教科書使用義務違反の主張についてみるに、右認定事実によれば、被控訴人山口の右授業が殆んど右資料集を使用してなしたことにより結果的に右教科書内容に相当していたということができるが、被控訴人山口の右授業は、前記第四に説示した教科書使用義務を尽したといいうる教科書に対応して授業したという形態であつたとはいいかねるものであつたというべきである。しかしながら、右資料集が前記認定の如き内容であり学教法二一条二項、五一条のいわゆる補充教材として黙認されたものであることに鑑み、右教科書使用義務違反の程度を考える必要がある。

次に、控訴人の被控訴人山口の政治経済の授業の本件学習指導要領違反の主張についてみるに、右資料集は、右認定のとおり教科書と項目的にほぼ符合し、いわゆる補充教材として黙認されたものであることを考えると、教科書を使用せず資料集を使用して授業したことをもつて本件学習指導要領に明白に違反したものということはできず、また、授業が本件学習指導要領の政治経済の内容のすべてに及ばなかつたとするが如き控訴人の主張についてはその点の立証が不充分であり、新聞の切抜を使用して授業することは、本件学習指導要領の政治経済の指導計画作成および指導上の留意事項(7)の認めるところである。以上要するに、控訴人の右本件学習指導要領違反の主張は理由がない。

二  倫理社会の教科書使用義務違反及び本件学習指導要領違反(第二、二、3、4)について

被控訴人山口が、昭和四四年度に倫理社会(二年生、二、五、七組、各組週二時間)の授業を担当し、使用が決定された教科書(実教出版株式会社発行「倫理社会」、乙第四三号証)があり、被控訴人山口が、一、二学期に組ごとに生徒と討論して、テーマを決めて生徒の研究発表と討論をし、二学期に原典を読むことにし新約聖書を講読するという授業をしたことは、当事者間に争いがない。

ところで、被控訴人山口の倫理社会の授業におけるこの処分事由は、控訴人において原審では主張せず、当審のほぼ最終の準備書面において始めて主張したものである。

まず、控訴人は、被控訴人山口の右討論と講読の授業が本件学習指導要領に違反すると主張するが、右のような授業は、本件学習指導要領の倫理社会の指導計画作成および指導上の留意事項(10)の認めるところであるから、右主張は理由がない。

次に、控訴人の教科書使用義務違反の主張についてみるに、前出乙第七九号証の1、10の生徒の供述記載、成立に争いのない乙第八七号証の一、二の被控訴人山口の文章に、被控訴人山口が右倫理社会の授業において前記討論及び講読のみの授業をしたかの如き記載があるが、成立に争いのない甲第五七号証の一、原審及び当審における被控訴人山口本人尋問の結果に照らし、採用し難く、結局被控訴人山口の倫理社会の授業における教科書使用状況を認めるに足る証拠、したがつて、教科書を使用しなかつたと認めるに足る証拠はない。

三  時事問題解説授業(第二、二、5、(1))について

被控訴人山口が、昭和四四年度三年生の政治経済の授業において、ヴェトナム、朝鮮、米偵察機撃墜事件の問題を解説し、生徒の意見発表を求めるなどの授業をしたことは、当事者間に争いがない。

そこで、検討するに、被控訴人山口が政治経済の授業において右ヴェトナム、朝鮮、米偵察機撃墜事件について授業したことは、項目的には本件学習指導要領二章二節二款第二政治経済の目標及び内容並びに前記本件教科書(乙第四一号証)からみて、右本件学習指導要領の範囲内であることは明らかであり、これに違反するとはいえない。

ところで、控訴人は、被控訴人山口の右項目の授業における授業内容について被控訴人山口の授業における発言として次のような証拠があり、それが主張の本件学習指導要領に違反すると主張する。

(1)  原審証人堀明彦の証言(三年三組)

「アメリカがベトナムで行きづまり、打開のため朝鮮に戦場を求めている。」「韓国の朴大統領はアメリカの裏工作で大統領になつた。」

(2)  原審証人吉武政子の証言(三年三組)

「アメリカが中国を侵略しかけている。」

(3)  原審証人木本真静の証言(三年二組)

「君たちがもしニクソン大統領だつたら中国をどこから攻めるか。」「アメリカがベトナムを侵略するのは中国を侵略するためにはベトナムが手始めとして一番いいところだから侵略するんだ。」「南朝鮮の朴大統領は今大きな顔をして坐つているが、あれはアメリカが南朝鮮を自由にあやつるためにアメリカに来ていた下層階級の朝鮮人をかいらいとして坐らしたものだ。」「米偵察機撃墜事件はアメリカがベトナム戦争に行詰りを感じて今後朝鮮半島に戦火を移すことが目的だ。」

(4)  原審証人木村陽一の証言(三年二組)

「アメリカがベトナムでゆきづまつたのでその打開のために朝鮮に戦場を求めることから、米偵察機撃墜事件が起つた。」

(5)  原審証人北島正明の証言(三年三組)

「アメリカはベトナム戦争の行き詰りでプエブロ事件を起した。」

ところが、控訴人は、当裁判所の釈明にもかかわらず、被控訴人山口の発言として右証拠を挙げるのみで、右のうちそのいずれを被控訴人山口の発言として認定すべきかの主張をしない。のみならず、右証拠のとおりの発言があつたとしても、これだけを取上げればいささか妥当を欠くきらいはあるものの、被控訴人山口が如何なる意図で右発言をしたか等の全体の趣旨を認めるに足る証拠がなく、片言隻句をとらえたともいえる右発言をもつて本件学習指導要領の控訴人主張の項目その他の項目に違反するとはいえない。

四  読書指導(第二、二、5、(2))について

<証拠>によれば、被控訴人山口が、昭和四四年度三年生の政治経済の授業において、日本の政治に関係して各国の政治形態の参考文献として「中国の赤い星」(エドガー・スノー著)、「レーニン」(トロツキー著)を生徒に読むようすすめたことを認めることができる。

控訴人は、右書物ほか特定の書物を読むよう指導したと主張し、いわゆる左翼文献の読書をすすめたことを処分事由として主張するところ、このことが控訴人主張の本件学習指導要領に違反するとは解し難いばかりでなく、原審証人堀明彦、同吉武政子の各証言は、被控訴人山口の右授業を受けた生徒として右書物のほかいわゆる左翼文献の読書をすすめられた旨述べているが、一方原審証人北島正明、同加藤治雄、同木村陽一の各証言は同じく被控訴人山口の右授業を受けた生徒として右書物のほかいわゆる左翼文献のみならず、アメリカ、イギリス、フランスの政治形態の書物を読むようすすめられた旨述べ、被控訴人山口もその陳述書である甲第四五号証において同様に述べ、その紹介した書物は別紙五のとおりであるとしており、結局被控訴人山口が控訴人のいう特定の書物のみを読むよう指導したという証拠が充分でない。

なお、教基法八条に違反するとの主張については第二、二、8の処分事由において判断することとする。

五  考査不実施及び一律評価(第二、二、6)について

1<証拠>によれば、被控訴人山口が、昭和四四年度二年生二、五、七組の倫理社会(週二時間)及び三年生二、三、五、八、一〇組の政治経済(二、三、一〇組は週二時間、五、八組は週三時間)を担当し、各科目について、(1)一学期に、中間考査及び期末考査を実施せず、これにかえて三問中から一問を選択させてレポートを提出させ成績評価を行い、それによりレポートを提出した者は一律六〇点、提出しなかつた者は一律五〇点と評定し、(2)二学期には中間考査は実施しなかつたが、期末考査は実施し、一〇〇点法により一律でない評定をし、(3)三学期には考査を実施しなかつたが、年度成績を評価し、五段階法により一律でない評定をしたことを認めることができる。

<証拠>によれば、内田校長が昭和四四年一学期末茅嶋教諭、被控訴人山口の一律評価を知り、同年二学期末の職員会議において一般的に一律評価をしないように注意したことが認められるが、右証拠によれば、右注意は正式な議題でなかつたことを認めることができるので、被控訴人山口がその際右注意を了解したとは認定できず、その他右事実を認めるに足る証拠はない。しかしながら、右証拠によれば、伝習館高校の教務部長であつた三小田英治は、昭和四四年二学期始頃内田校長から右一律評価について茅嶋教諭、被控訴人山口に注意するよう依頼されて一旦は断つたものの、その頃右両名に対し一律評価しないように注意したことを認めることができる。もつとも、右注意以後被控訴人山口は、一律評価はしていない。

2控訴人は、右認定の考査不実施、一律評価は、福岡県立高等学校学則(昭和三三年福岡県教育委員会規則一四号)八条の「生徒の学習成績の判定のための評価については学習指導要領に示されている教科及び科目の目標を基準として、校長が定める。」旨の規定に基いて伝習館高校の校長が定めた校内規定である生徒心得(乙第七号証の生徒手帳に記載のもの。)五条学習成績評価規定及び学教法施行規則二七、六五条に違反すると主張し、被控訴人山口は、当時右校内規定の如き事項については校務運営の最高決議機関である職員会議にその決定権があり、右校内規定は、校長の定めた規定でないばかりでなく、学校と生徒との関係を規律するものであつて、教師を拘束するものではなく、考査及び成績評価は教師の自主的な判断に委されていたと主張するので、判断する。

成程、<証拠>によれば、当時伝習館高校を含む大部分の福岡県立高等学校において事実上校務運営を職員会議が最高決議機関として決定するという校務運営規定を有し、校長がその決定を承認するという校務運営がなされており、右生徒心得を記載した生徒手帳も毎年右職員会議で定められたものであることを認めることができるところ、<証拠>によれば、右職員会議で定められたものを校長である同人も承認して生徒手帳としたものであることを認めることができるので、結局前記学則八条により右校内規定である生徒心得は校長の定めたものということができ、これが生徒を規律する以上教師を拘束しないということはない。また、伝習館高校を含む福岡県立高等学校において音楽、美術、保健体育、家庭科等の一斉考査の不適当な科目はともかく、その他の科目の考査(後記の中間考査及び三年生の三学期の考査を除く。)が教師の自主性に委せられていたと認めるに足る証拠はない。

3そして、右校内規定である生徒心得五条三項は、「一斉考査は定期的に概ね左の五期に実施する。五月下旬、七月中旬、一〇月中旬、一二月中旬、三月下旬(三学年は一月下旬)」と定めているが、<証拠>によれば、当時伝習館高校を含む福岡県立高等学校においては週二時間という小単位等の科目については五月下旬、一〇月中旬のいわゆる中間考査は実施しないことが往々あり、三年生の三学期一月下旬の考査も同様であつたことを認めることができるので、控訴人もその責任を問うていると認められない中間考査の不実施及び三年生の三学期の考査の不実施はともかく、前記認定の被控訴人山口の一学期の倫理社会、政治経済の期末考査及び三学期の二年生の倫理社会の考査の各不実施について右生徒心得違反としての責任は免れない。なお、被控訴人山口は、前記の一学期においてレポートを提出させたことをもつて考査の不実施の責任を免れると主張するようであるが、それによつて生徒心得五条一項にいう提出物という成績評価の資料がえられ、成績評価に支障がないにしても、考査をすること自体に、教師及び生徒のいずれにとつても教育上の有効性があるのであるから、考査不実施の責任は免れない。

次に、右生徒心得五条二項は「各科目毎に五点法で評定するが、学期成績は各教科一〇〇点法による。」と定めており、前記のとおり被控訴人山口が一学期にレポート提出か否かにより各一律に評定したことは、年度成績は右五点法により評定したにしても、右規定に違反するのみならず、被控訴人山口はその陳述書(甲第四五号証)で種々述べるが、教師及び生徒にとつて教育上も不相当であることはいうまでもない。

六  信用失墜行為(第二、二、7)について

この処分事由に対する判断は、前記第五被控訴人半田に対する処分事由についての認定判断の五のとおりであり、この処分事由は理由がない。

七  教育の政治的中立違反(第二、二、8)について

控訴人が、被控訴人山口について第二、二、8の教育の政治的中立違反の主張をなすに至つた経過は、被控訴人半田についての前記第五、六前段説示のとおりである。

そこで、判断するに、控訴人は、前記第二、二、5、(1)、(2)の被控訴人山口の行為が、教育の政治的中立に違反すると主張するが、前記第三、七に説示したとおり教育の政治的中立違反とは、政治的目的で政治的行為をすることをいうものであるところ、前記第二、二、5、(1)、(2)の主張事実又はこれについて第六、三、四において認定した被控訴人山口に関する事実は、その職務である授業という生徒に対する影響力のあるものではあるが、被控訴人山口に如何なる政治的目的があつたかについて、控訴人においてその主張がなく、その立証もなく、被控訴人山口の時事問題解説及び読書指導をもつて政治的目的があつたとも認められないので、被控訴人山口の教育の政治的中立違反の処分事由は理由がない。

八  処分事由に対する法令の適用

1地公法の懲戒処分に関する規定は、第五、七、1に被控訴人半田に関して記載したとおりである。

2そして、前記認定判断によると、控訴人主張の被控訴人山口の本件処分事由は、そのうち次のものが、次のとおり懲戒処分事由に該当することとなる。

第二、二、1の政治経済の教科書使用義務違反が学教法二一、五一条に違反し、第二、二、6の考査不実施及び一律評価が前記判断の範囲で学教法施行規則二七、六五条、福岡県立高等学校学則八条、生徒心得に違反し、以上いずれも地公法三二条に違反するものであり、以上によつて、被控訴人山口には地公法二九条一項一、二号の懲戒処分事由があることになる。

第七  本件処分の違法性について

一  本件処分の手続の違法の主張について

当裁判所は、本件処分の手続に違法性はなかつたものと判断するが、その理由は、原判決説示(B一一五頁六行目からB一一八頁一二行目まで。ただし、B一一五頁一五行目の「適用があるが」を「適用があるか」と、末行「前説」を「学説」と各改める。)のとおりであるから、これを引用する。

二  本件処分の懲戒権濫用の主張について

1地公法二九条一項は前記のとおり「職員が左の各号の一に該当する場合においては、これに対し懲戒処分として戒告、減給、停職又は免職の処分をすることができる。」として、四種の懲戒処分を定めているが、同法は、職員に同法所定の懲戒事由がある場合、懲戒権者が懲戒処分を行うかどうか、これを行うときいかなる処分を選択すべきかを決するについて、公正であるべきこと(二七条一項)、平等取扱いの原則(一三条)及び不利益取扱いの禁止(五六条)に違反してはならないことを定めている。そして、その他の点については具体的な基準を設けておらず、懲戒権者が懲戒事由に該当すると認められる行為の原因、動機、性質、結果、影響等のほか、当該職員の右行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の職員及び社会に与える影響等、諸般の事情を総合して行う判断に委ねられ、その裁量に任されているものと解される。したがつて、右の裁量はもとより恣意にわたることをえないものであるが、懲戒権者が右裁量権の行使としてした懲戒処分は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合でない限り、その裁量権の範囲内にあるものとして、違法とならないものというべきである。

2ところで、控訴人は、本件処分の妥当性の判断の事情として、被控訴人らに当審主張三、3のような諸事情があると主張するので判断するに、まず昭和四四年当時の福岡県下の高校生徒の政治活動及び右主張(1)ないし(3)の伝習館高校における生徒の異常な行動を被控訴人らが授業その他において助長したと主張するが、被控訴人らが生徒の右活動及び行動を助長し、ないしはこれが被控訴人らの行為に起因すると認めるに足る証拠はない。次に、右主張(A)の茅嶋教諭の各文章の配布、(E)の福岡県議会での質問、(F)の社研部屋にヘルメットが置かれていたことは主張自体被控訴人らが責任を負うべきものではない。右主張(B)の被控訴人らが昭和四四年一一月一三日の組合ストライキの数日前組合分会会議において生徒をストライキに参加させる提案に賛成したこと及び右主張(D)の昭和四五年一月末の解放区問題についての生徒の処分問題討議の職員会議で被控訴人らが生徒は処分できないなど発言したことは、当審証人田中榮の証言によつてもこれを認めることはできず、他にこれを認めるに足る証拠はない。右主張(C)については、<証拠>によれば、昭和四四年三月一五日から三日間の生徒の合宿に被控訴人半田が参加したことを認めることができるが、右証拠によつても、被控訴人半田が生徒会を自主管理に改める指導をしたとは認められない。右主張(G)については、<証拠>によれば、被控訴人半田は、当時担任の三年六組の生徒である川村和磨が昭和四四年一〇月一〇日福岡市で開かれた反戦集会に参加するに際し前日の九日相談に来たところ、参加しないよう説得したものの、同人がこれに応じなかつたが、このことを親に秘することを同人の求めにより約した。そして、同人は、家出して右反戦集会に出席したが、その家出前同人の父川村九州男(当時小学校長)は、これを知り、同人を説得したが果さず、心配の余り一一日に被控訴人半田を伝習館高校に訪ね相談したところ、被控訴人半田は、生徒の反戦集会参加の是非についてはつきりした態度を示さず、和磨が相談に来たことを告げず、心配はいらないでしようといつたので、父九州男は、これに失望したが、和磨は、家出後二、三日して無事帰つて来たことを認めることができる。小学校長である右川村九州男もその証言で述べるように、生徒からこのような相談を受けたとき如何に対処するかは極めて困難な問題で、被控訴人半田の川村和磨父子に対する右処置を必ずしも直ちに教育上不当なものであるとすることはできない。

以上要するに、その他の証拠及び前記第五、第六で認定した被控訴人らの授業状況等をもつてしても、被控訴人らが生徒の政治的活動ことに暴力的なそれを指導ないし教唆煽動したと認めるに足りない。

3そこで、まず、前記1の見地に立つて、被控訴人半田についてみるに、控訴人主張の処分事由のうち懲戒処分事由に該当するものは、前記第五のとおり日本史の教科書使用義務違反並びに日本史の出題及びこれに応ずる授業並びに地理の出題の一部の本件学習指導要領違反であり、その他は懲戒処分事由に該当せず、前記2のとおり控訴人の当審主張の諸事情も認められないし、右懲戒処分事由とされる被控訴人半田の行為の程度も前記判断のとおり著しいものとはいえない等の右行為の性質、態様等からみると、控訴人の当審主張三、2の被控訴人半田の懲戒処分歴があるとしても、被控訴人半田を他の懲戒処分よりも社会的、経済的に重大な不利益をもたらす免職処分にすることは、社会観念上著しく妥当を欠き裁量権を逸脱したものというべきである。

4次に、同じく前記1の見地に立つて、被控訴人山口についてみるに、控訴人主張の処分事由のうち懲戒処分事由に該当するものは、前記第六のとおり政治経済の教科書使用義務違反並びに考査不実施及び一律評価であり、その他は懲戒処分事由に該当せず、前記2のとおり控訴人の当審主張の諸事情も認められないし、右処分事由に該当する教科書使用義務違反は、教科書にかえてほぼ同じ内容の資料集を使用していて、その程度は著しいものとはいえず、考査不実施及び一律評価は違反の程度としては高いものといえるが、注意を受けた後は一律評価をやめている等の被控訴人山口の右行為の性質、態様等からみると、控訴人当審主張三、2の被控訴人山口の懲戒処分歴があるとしても、被控訴人山口を他の懲戒処分よりも社会的、経済的に重大な不利益をもたらす免職処分にすることは、社会観念上著しく妥当を欠き裁量権を逸脱したものというべきである。

5なお、控訴人は、被控訴人らの教育に対する基本的態度を全体として評価すべきであると主張するところ、その趣旨は必ずしも明白でないが、被控訴人らに大学受験教育反対及び政治的中立違反の意図があつて控訴人主張の懲戒処分事由がその現れであるという趣旨に解しても、被控訴人らに右意図があつたと認められないことは既に説明したとおりであるから、控訴人の右主張は採用できない。また、控訴人は、教師である被控訴人らの授業はいわば密室で行われるもので、処分者はその内容を容易に知りえないので、たまたま調査した結果知りえた場合は一罰百戒的に処分すべきであると主張するが、教師の授業に不当なものがあるとされるときは、校長等の監督者は、その授業を参観する等してその授業内容を知る権限がある(学教法二八条三項、五一条等)ので、これによつて教師の授業内容を充分に知ることができるから、右主張の不当であることはいうまでもない。そして、右のような方法その他により知りえた教師の授業内容に相当でないものがあるとき、場合によつて分限処分ないし懲戒処分をすることができ、更に場合によつては指導助言し、それによつてもなお不相当な授業を繰返すとき分限処分ないし懲戒処分をすることができるのである。

第八  結論

以上によれば、本件処分は違法であつて、被控訴人らの本訴請求はいずれも理由があり、認容すべきものであるから、これと結論を同じくする原判決は相当であつて、本件控訴は、いずれも理由がないので、棄却することとし、控訴費用の負担について民訴法九五、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(矢頭直哉 諸江田鶴雄 日高千之)

別紙五(原判決別紙五と同じ。別紙一ないし四は欠)。<省略>

別紙六高等学校 学習指導要領(昭和三五年文部省告示第九四号)<省略>

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